2018/06/04
前回の記事(→Training Tips for Boxers)からの続きで、ボクシングのトレーニングと考え方について具体的に書いていきます。
ボクシングにおいてもトレーニングで最初にフォーカスするべき部分は尻です。(実際にはハムストリングもセットですが。以下省略して尻ハム。)
キーとなるのは股関節と骨盤の動き。
なぜ尻ハムなのか。
ステップ・フットワーク、さらにパンチ、基礎的な動きというのは下半身から始まる、それは床を蹴る動きです。そこでまず重要なのは股関節の伸展力、発揮されるのは主に尻ハムの力。
ステップの推進力も、パンチの回旋も、股関節の伸展から始まります。
・ボクサーの構えは尻ハムの力を使いにくい
ボクサーの構えは基本的に、股関節は前後ともやや内旋、つまり内股になる。そして上体は、腹を引っ込め軽く前屈みで、骨盤はやや後傾、スタイルによって程度の差はあれ、基本的に腰・背中を丸める形です。この姿勢では基本的に尻ハムは短縮位(縮みっぱということ)にあり、これは実は尻ハムの力を発揮しにくい姿勢なのです。で、ボクシングの練習しかしていないと、どんどん殿筋群とハムストリングは硬くなり、尻の力は使えなくなっていく。
構え自体が悪いということではなく、これはボクシングという競技に最適化された構えです。当然これ自体を変えことは難しい。なので、あえてトレーニングなどでしっかり尻の筋肉を使ってやる、使えるようにしてやる必要がある、ということになります。
尻ハムが硬くならないようにストレッチだけしても不十分ですね、そもそもが尻ハムの力を使いにくい構えなので。
(内股が定着することによる悪影響についてはこの記事で詳しく説明しています→女性と内股 ~ 膝の痛みからお尻と脚の引き締めまで その1)
ボクシングの構えで使いにくいんだから使う必要がないとか、それは要らない、ということはありません。尻ハムの股関節伸展力が下半身の推力の源となっているだけでなく、股関節の働きが悪ければ、足首や膝の怪我や、痛みなどにもつながりやすくなります。
練習以外に走ってれば十分なのではないか、などと思う人もいるでしょうが、それではやっぱり不十分で、普段の姿勢に引っ張られて尻ハムの力を十分使えない走り方になってることが多いです。
・尻の力が弱いと下腿(ふくらはぎ)や太腿の負担となる。
イメージ的には、床を蹴る力は、ふくらはぎから発揮されるような感じを受けるかもしれません。でも実際には、まず体の中央(この場合尻)から力を発揮して末端(ふくらはぎ→足)に伝わる。ふくらはぎの力は、前進する力や、下がる時・押されたとき踏みとどまる力の起点ではないんです。まず尻で、尻が弱いと、ふくらはぎが余分に強く働かなければいけない。そして過大なふくらはぎの負担は足首の負担にもなる。
他の競技でも、ふくらはぎがむやみに太い選手は、尻の力が使えていないことが多いですね。(個々人においてふくらはぎが太いこと自体が良いか悪いかはともかく。)尻の働きが不十分なので、代償的にふくらはぎが発達するのですが、末端の部位が太く・重くなるのは、スピード面で速い動きをするためには不利になります。
また同じように、尻ハムが弱くて股関節の力が使えず、膝関節の力に頼ることになると、「大腿四頭筋」つまり太腿が太くなる。(大腿四頭筋自体は、下半身の力発揮において重要な筋肉であるのは間違いないのですが、下半身の運動をすれば、四頭筋は特に意識しないでも必ず使います、なので発達しやすい。それに対して、尻ハムはより強く意識してやらないと使いにくい。)足が太くなることによって体重が増えるのは、ボクサーにとっては極力避けたい部分。
尻ハムも筋肉なので発達させれば当然その分筋量は増えますが、大腿の重量を増やすより効率的に股関節伸展力を発揮できます。膝頼りだとダッキングからもスムーズに動けません。
・パンチの基本は回旋。腕を突き出す力ではない。
パンチを打つ時の、胴体の回旋・回転も基本は股関節の伸展から生まれます。股関節から骨盤を回す、骨盤が回るからそこから上もついてくる。
ストレートであれば、真っ直ぐ押す力を後ろ足からかけて、対側の前足で止めるから強い回転が生まれる。腹斜筋とか上半身の力で、腰から上を強く捻じるから回転が生まれるのではないですね。むしろ腰部腹部の筋肉は骨盤の回旋に対して体幹を安定させるために働きます。
パンチは回旋運動だから、回旋に負荷をかけるトレーニングをしよう、というのは短絡的過ぎですね。
楕円が胴というか骨盤かな。死ぬほど適当な図ですが、回そうとする力で回るのではなく、押す力を回す力に変換するということです。
股関節を使えていない場合、尻ハムの硬さから骨盤後傾傾向が定着し、骨盤腰椎リズムが悪くなる。さらに腰の回転を意識しすぎ、不完全な股関節回旋可動域を、腰椎で代償してしまうなどの結果、腰痛を抱えるボクサーも多いでしょう。
・具体的なトレーニング方法は?
尻ハムを使えるようにするトレーニングの手順、必要なことは、この記事におおよそすべて書いてあります。→一宮西高校ラグビー部トレーニング講習
読んで参考にしてください。
なぜボクシングでも、という理屈付けをしましたが、結局必要なことはスクワット、デッドリフトなどを中心としたベーシックなトレーニングです。前の記事にも書きましたが、どんな競技であれ基本は同じなんです。
またそこで、「同じである」ということに疑問を持ち、「ベーシックなトレーニングそのままではボクシングには活かせないのではないか」などと余計な思考が入り込むことには注意が必要です。
例えば、トレーニング時に尻ハムの力を使えるようにするには骨盤を前傾させる動作が必要。尻ハム中心に股関節の柔軟性は必須になります。でも、「ボクサーの構えは骨盤後傾だから、トレーニングも骨盤後傾で」とか、そういう風に考えたくなる人がいるんです。ただそういうトレーニングはありえないんですね。
同じように、「ボクサーは踵をつけない、つま先荷重だからトレーニングもつま先荷重で」、とか「構えが内股だから、トレーニングも内股で」とかもありえない。尻ハムを動員してやるには、踵に体重を乗せる必要があります。トレーニング時のニーインも厳禁です。
例えとしては極端に感じるかもしれませんが、現状では割とこういう思考でトレーニングフォームを捻じ曲げ、関節には無駄な負担をかけて、ターゲット筋群には適切に負荷をかけられない、無駄が多くかつ有害なトレーニングをやらせる人間も数多くいます。
トレーニングはあくまでベースを高めるもの。人間の身体の機能と適応の原則に沿って、効果的なフォームで行う。上記のように、このスポーツではこうだから、こういう形で、という思考が生むものが“誤った”「競技特異性を考えたトレーニング」。
もっとわかりやすい代表的な例としては、パンチ力を高めるためにチューブを引っ張ってパンチ動作をする、とかみたいなもので、まあ何の足しにもならないでしょう。アンクル・リストウェイトなどで、末端に負荷をかけて練習をする、とかも似たようなものです。(割とつい最近某ご長寿ボクシング漫画で、手足にウェイトをつけて走ると速筋がどうとかやってたけど、正直漫画とはいえ、完全に間違ってるのにそれらしい単語だけ使うのは止めてほしいですね。)
・まとめ
最後に話が反れましたが、以上の話を簡単にまとめると。
1・ボクシングの基本的な動作は、尻ハムを中心とした股関節の動きから生まれる。
2・でもボクシングの構えだと尻ハムは使いにくくなってしまう。
3・だからトレーニングで尻ハムを使えるようにしよう、鍛えよう。
という感じです。
よく「股関節を使う」とか「使えてない」とか聞きますが、股関節を使うというのは、ようするに単純化すると尻ハムの力を使うということなんです。
ちなみにタイトルはアレです、魔法はないということです。確かに尻から力は出るんですが。
次回はパンチの回旋運動についてもう少し細かく考えてみたいと思います。